うつろいの研究室

自分は現職で「うつろいの研究室」を主宰している。

The Utsuroi Lab

これまで自分は「変わるもの」「変わったもの」を作ってきた。傘が刀になったり、鞭が剣になったり、立方体が回転したり。理由を問われると、返答に窮するが、ひとつにロボットアニメにまみれて育ったからだ。変形や合体は、当然であって、無いほうが不自然だ。

表現の世界は変わるものが自然だが、自然や現実こそ変化に満ち満ちている。コロナ禍なんて誰も想像しなかったし、それにともなって社会も経済も大きく変化した。人間が関与しなくても、季節が変われば植物は葉の色を変えるし、毎夜のことで月の形も変わる。すべての命は生から死にむかって変わり続ける。世界のエントロピーは広がって、戻ることはない。自分自身も、変わり続けている。変わるもの、変わったものを作ることは変わっていないのだけど、一つの場所に暮らし続けてきたことがない。

なにか研究室の名前をつけるなら、こうした自分が平気にできること、そして考えが尽きないものを対象にしたいと思った。だとすれば変化をおいて他はない。

だが、可変研究室とか、遷移研究室という風に、漢字をあててしまうとなにか違う気がした。形ないもの、定義しにくいものを扱いたいのに、なにか、もうすでに正解があるような感じがして、違和感があった。安心や安定を感じては、変わることなんてできない。

ちょっと前に書いたけど、自分はいい時間が過ごせたらいいと思って、ものを作っている。いい時間というのは曖昧だけど、例えば何時もと違う道を行くのも好きだし、ちょっと変わったやり方をしたり、手間をかけたりすると、いい時間を使ってるなぁと思う。

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とくに旅なんかは「いい時間」を感じる。刺激を受けることも、よく考えることもできる。人生は旅と言ったのは松尾芭蕉だったけ。俳句のような、文章のひとくだりをpassageという。そしてpassageは旅や、変化、移動、抜け道も意味している。だからきっと、自分が掲げるべき言葉は、passageである。いいpassageを作りたいし、passageとして研究室があってほしい。

このpassageを、再度日本語にすると何がいいのかな、と考えて、たぶんうつろいなんじゃないかと思った。 当初は英名をThe Passage Labにしていたけど、大学には日本語話者しかいないし、母語を使ったほうが理解しやすいだろうと思い、The Utsuroi Labにした。Theがついてるのは当初の名残で、深い意味はない。