Ogaki Mini Maker Faire 2018に出展した

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Ogaki Mini Maker Faireに出展した。会場が実家から車で15分ということもあって、気楽に参加することができた。今回の展示物は、ライフワークとして作っている仏像だ。

vimeo.com

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珍妙なガジェットだが、地元の人たちに好評だったのが嬉しい。それに東京からは加賀谷さん、仙台からは玉井さんが遊びに来てくれた。シンガポールからやって来た田中さんは展示まで手伝ってくれた。初日の晩の宴席も含めて、久々に愉快な二日間だった。

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シンガポールMaker Faireは初回の2012年から2017年まで皆勤で駆けつけ、うち4回は出展している。その一方で、日本ではこれが初めての出展だった。今回こうして大垣のMaker Faireに参加してみて、凄い!と思った点がいくつかある。それを忘れないうちに、書いておきたい。

大垣の良さ1:展示作品のレベルが高い

出展者のMakeにかける熱量が段違いに高いと思う。休日や余暇を楽しむためというより、人生をかけている感じすらあった。こうして注ぎ込まれた時間と費用が、技巧として作品に現れている。「よくもここまで・・・」という畏怖を感じない作品がなかった。

大垣の良さ2:運営の準備が周到

初日朝に来たら、もう設営が終わっていた。机や椅子も整然と並べられ、配電も完璧で、なにひとつ問題がない。パンフレットほか印刷物は、無料で配布されるものとは思えない品質。これ絶対にトラブルとかおこらないんだろうな、という安心感が半端なかった。

大垣の良さ3: 来場者がジェントル

「まっすぐすぎる来場者が、ものすごい勢いでブースにやってきて、しれっと作品をぶっ壊す」は世界のMaker Faireあるあるだと思ったけど、大垣はそうじゃない。来場者の方が大人も子供も紳士的で、会話をするのがとても楽しかった。

 一方で、シンガポールMaker Faireの良さにも気づいた。これも忘れずに書いておきたい。

シンガポールの良さ1:家族ぐるみ

シンガポールMaker Faireは、来場者も出展者も家族で参加するひとが多い。教育熱心な親御さんが多いせいもあるけど、趣味人なお父さん・お母さんと子供たち、みたいな感じで、仲良くブースで店番しているケースが多々ある。そのおかげで、会場は非常にアットホームで、週末を楽しむぞ〜!という雰囲気で満ちている。キャンプやスポーツのような感覚で、家庭のアクティビティにMakeがあるのっていい。

シンガポールの良さ2:電子工作だけじゃない

シンガポールMaker Faireは、例えば自作の酒や珈琲だったり、家具やペン軸、手芸やアクセサリーなんかのブースもある。子供たちの理化学研究の発表もある。メディア技術に先鋭化されてないから、いろんな刺激と発見が得られて面白い。

シンガポールの良さ3:運営の心遣い

シンガポールMaker Faireは、運営の気遣いが嬉しい。ブースをまわっては出展者や来場者に笑顔を振りまき、作品を激賞してくれたり、労いの言葉もかけてくれる。レセプションは無料だし、人数制限とか特にない。おまけに自分の作品と名前が印刷された綺麗な参加証までくれる。「作品を展示できただけでも嬉しいのに、こんな良い思いまでさせてもらっちゃって・・・」と思わさせる心遣いがある。

 両者を並べて気づいたのだけど、移り住んだ街ごとにMaker Faireがあるってありがたいことだ。次に住む街にもMaker Faireがあるといいな。

人に振り回されると(運動だって)消耗する

日本に帰ってから近所のスポーツクラブに通っている。昨今のスポーツクラブは実に快適だ。サウナ+水風呂もあるし、大浴場まである。今は正直、この風呂を楽しみに通っている。筋トレや水泳は、風呂を満喫するための準備運動みたいなものだ。

スポーツクラブには、ヨガやエアロビといったクラスが用意されている。人気は相当なもので、スタジオはいつも盛況だ。なら自分もと思って、入会後に何回か参加したのだが、ちっとも楽しくなかった。ヨガにいたっては、むしろ腰痛が深刻化する始末。

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楽しめない理由は、体操そのものではなく、先生のリズムにあわせて運動する必要があるからだと思う。体操の先生は、みな小柄で細く、筋肉質。一方の自分は、背が高く、手足も長く、そして太い。体にかかる負荷が違うから、同じ速度・同じ回数で動かせないし、運動そのものに違和感を覚えてしまう。

そこで、クラスで習ったヨガを、自分一人でやることにした。ストレッチルームに座り、自分の身体と対話するように、呼吸をしたり、筋を伸ばしたりしていると、確実な気持ちよさがあって、心もほぐれて、体の調子も整っていく。腰痛も消えた。セルフヨガ最高じゃん!

運動でも勉強でも、初学者のつまづきというのは、こういうところにあるんだと思う。まずは自分のリズムの確保。それさえできれば、身体にあわないことでも楽しくなるもんだ。

ヤマメとサクラマス

今朝のNHKの放送で、心に響くものががあった。それは自然番組の一節で、ヤマメとサクラマスについての映像だった。

www4.nhk.or.jp

ヤマメの幼魚は川虫を食べて成長する。川虫は流れの強いところで獲れるので、幼魚間で餌場を巡って争いがおこる。初期に餌場を確保できた幼魚は、潤沢な食料によって、さらに成長する。餌場を確保できなかった幼魚は、うまく成長することができない。こうして幼魚間の体格差が広がる。強いヤマメは急流に耐える体を手に入れて、さらに恵まれた餌場で暮らせるようになる。弱いヤマメは流れの穏やかな川淵で、ひっそりと生きざるをえない。

だが、話はそれで終わらない。弱いヤマメは、ある日、一大決心する。体を海水仕様へ仕立て直し、川を降って海に出るのだ。こうして弱いヤマメは、母なる海の潤沢な栄養をえて、巨魚・サクラマスへと変化を遂げる。体格は川魚の比ではない。上あごは大きく飛びで、体は赤い斑紋が浮かんでいる。歴戦の勇者のような威厳を感じさせる。

悲しいのは、そのあとだ。海に出て大きく育ったサクラマスも、産卵のためには川に戻らなければならない。いくら逞しい体を得たとはいえ、遡上するのは並大抵ではない。川の流れ、大地の高低、それに加えて滝もある。こうした障害を乗り越えて、生まれ育った渓流へとたどり着く。だが受難はそこで終わらない。川に居続けたヤマメが、産卵の邪魔をしてくるのだ。相対的に小柄なヤマメのオスは、サクラマスのメスの下に潜り込み、生みたての卵に精子をかけてくる。卑劣と言わずしてなんと言おうか。

最期は、さらに辛い。海に渡ったサクラマスは、産卵によって命脈が尽きる。流れ落ちるサクラマスをよそに、ヤマメはさらに一年、川で暮らすことができるのだ。

シンガポールから日本に戻ってきた自分には、どうしてもサクラマスに同情してしまう。朝から少しセンチメンタルな気持ちになりながらも、自分も遡上の努力を続けたい。