AliExpressでXY Plotterを買って苦労した話

今年から3月は新しい表現のための自主トレ期間に充てている。今年の挑戦はXY Plotterである。XY Plotterとは、コンピュータで生成した図画をペンで描くための装置のことだ。単にPlotterとか、Pen Plotterとか、Drawbotと呼ばれたりもする。下記の製品が代表例でAxiDrawと言う。

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Plotterの歴史は古く、Wikipediaによれば1950年代からあったらしい。その頃はLCDもCRTもなかったので、CGを出力するにはPlotterしかなかった。日本初のCGアニメーションと呼ばれる風雅の技法(1968)も、Plotterで描かれた。

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そんな古式ゆかしいPlotterが、IPS液晶もUVプリンタもある現代になって、一周回って面白がられている。AxiDrawでInstagramを検索すれば、その活況がわかるだろう。だけどAxiDrawは8万円もする。一方、AliExpressで売られている模造品は1.3万円。どちらを買ったかは言うまでもない。これが、実際の商品だ。

このXY Plotterを使って、自分はアルミ箔に文字を書いていた。自分がライフワークとしている機械の筆致の模索である。

 
 
 
 
 
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今回の試みは3割くらい満足できたが、7割くらい不満足だった。その理由は、装置の不調を解消するためのメンテナンスに時間がとられ、デザインに十分に時間が割けなかったためである。装置の問題は大きく2つあった。

問題1: ヘッドがY軸(上下)移動するとZ軸(ペン先の高さ)も変化してしまう
そのため、書く位置によって筆圧が変わってしまう。これはヘッドを片持ちさせているがゆえの欠陥で、オリジナルのAxiDrawも同じ問題を持っているはず*1。紙のように丈夫な素材なら、ヘッド側に重石をのせるといった対処法もあるが、アルミ箔のように繊細な素材だと直ぐに破れてしまう。そもそもY軸を片持ちさせる必要がない。作業平面の2倍のスペースが必要になってしまうので、普通の机や棚に収まらなくなる。

問題2: ヘッドが壊れやすい

ペンを上げ下げするサーボのマウントが3Dプリンタ製で、ネジを締めたら折れてしまった。補修備品もないので、タイラップで固定する羽目に。ペンホルダーは使っているうちにバネのような部品がとれて固定できなくなった。最終的にはダブルナットで無理やり固定していた。

問題1と2が相互に作用して、後半はヘッドの調整ばかりやっていた。ステッピングモータの脱調も多かったな。対策部品を作っても良かったが、春になって授業が始まると、そんな余裕もない。今はアルファベットを26文字書いたところで一旦休止しているが次回は外側にフレームのある設計の装置を入手してやり直したい。例えば、下記の商品なんかがよさそう。少なくとも問題1は解決されているし、ヘッドはフレーム内で駆動するのでかえって省スペースだと思う。問題2は、やや怪しい。

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こういう機械が理想だが、車が買えるくらいの予算が必要だ。

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*1:最新のAxiDrawがレール状のリニアガイドを使っているのは、たぶんこの問題を解決するため。

SFCには嘘つきが多い?

妻に勧められて中室牧子の学力の経済学を読んだ。1ヶ月くらい前に読んだのでだいぶうろ覚えだが、「子供は〜すべき」という常識に囚われず、大人と同じ待遇をしたほうが良い成長が見込める、という論旨だったと思う。むしろ鮮烈に記憶に残っているのは、次の記述だった。

著者は慶應SFC(湘南藤沢キャンパス)の教員なのだが、彼女の授業をうけている学生は課題前になるとバタバタと祖母が死ぬらしい。自分がSFCに在学していた2000年代には、こうした(わかりやすい)嘘をつく学生はいなかったと思う*1。自分は教員として働き始めて4年目になるけど、いまだこういう学生には出くわしていない。

著者がSFCで働き始めたのは2013年。ちょうどその頃のSFCは、立て続けに教員の不祥事が起こっていた*2。そういう時代だったからこそ、学生も嘘をつくのが平気になってしまっていたのかもしれない*3。だとすれば「子は親の背中を見て育つ」というクリシェは、今でも有効なのだろう。

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*1:いたかもしれないが、さすがに履修者の3割という量で存在したとは思えない。

*2:立て続けに不祥事が起こると、組織は害虫駆除をせざるを得ず、文化は断絶してしまう。たぶん今のSFCは、自分が在学していたSFCとは遠く離れてしまったはず。

*3:そういえば(私学進学校の)ビリギャルもSFC出身だったか。

珍道具へと導かれないために

自分は公私ともにScrapboxを愛用している。そのScrapboxの発明者の増井先生は、自身の専門であるユーザインタフェース研究について批判的なエッセイを幾つも書いている。

ユーザインタフェースの研究を行なってる人達が、これまでのユーザインタフェース関連の研究結果をほとんど常用していないのであれば、ユーザインタフェースの研究など全く無価値なのではないかと思ってしまう。

ユーザインタフェース研究の意義 - 増井俊之

シンプルで使いやすい洗練された新インタフェースができても業者がちょっと工夫したあたりまえなものだと思われる可能性が高いのではないだろうか。一旦あたりまえだと思われたら、それがいくら新しくて便利で画期的なものであっても、愚かな査読者は「あたりまえじゃん」と思ってリジェクトしてしまう。査読でリジェクトされたら論文にならないから、シンプルで洗練されたものを作る人間は論文の数が少なく、研究者と認識されていない可能性すらある。

あたりまえインタフェース - 増井俊之

大学や研究所で面白いものが発明されることはタマにあるが、ユーザインタフェースの学会で論文として発表されたものがその後流行することは無いというのが実情なのだろう。実際、論文として発表された後世間で利用されているシステムなどほとんど無い。そうだとすると、ユーザインタフェースの学会の存在意義はどこに有るのだろう?

論文として発表されたインタフェースシステムが流行ることはない - 増井俊之

目新しいものを作ってユーザ評価したョと称する様々な論文が毎年発表されるのだが、実用性が激しく疑問なものが大杉で、お前はそれを自分で使ってるのかと問い詰めたくなるようなものがほとんどである。

自分が使わないものを発表するな - 増井俊之

ユーザインタフェースに関する研究は、珍道具が考案されやすい。自分もその経験がある。珍道具とは、ミクロな問題を解決するために、マクロとして理不尽なデザインが施され、結果として実用に耐えない道具を指す。Chindōguとして英語にもなっている。マウスの発明者、ダグラス・エンゲルバート流にBrick Pencilと言ってもいい。

wired.jp

誰だって珍道具は大真面目には作りたくない(はずだ)。しかし学会では例年多くの珍道具が発表される。確かに新しい。でも、いつ、どこで、誰が、本当に使うのだろう?

ひょっとするとユーザインタフェースを「研究」にしてしまうことが、道を誤らせるのかもしれない。ハッカーと画家の著者、ポール・グレアムはこう書いている。

デザインは必ずしも新しくある必要はないが、良くなくてはならない。 リサーチは必ずしも良くある必要はないが、新しくなくてはならない。

Design and Research

彼が言うように、「研究=実用の良し悪しから切り離された行為」なのだとすれば、珍道具を作ることも思弁的な価値があるのだろう。つまり思索のための試作であって、思考実験のための道具としてプロトタイプがある。ここでの研究は、西堀栄三郎のいう基礎研究であり、応用研究ではない。

exyk.hatenadiary.com

基礎研究である自然科学に対して、応用研究であるはずの計算機科学を、再度基礎研究的に取り組んで良いのか?という疑問もあるが、世界的な趨勢なのだ、ここでは深入りしないでおこう。

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実際的な問題として、基礎研究ではなく応用研究として、大学でユーザインタフェースの研究に取り組むことは可能だろうか。西堀の分類に従えば、応用研究のアウトプット先は特許になる。特許は学会発表よりコストがかかるので、大学のように資金力のない組織には厳しい。だからこそ、応用と必要、そして用の美に主軸をおいた学会があってもいいのではないだろうか。そのほうが、いずれ多くは実務家となる学生を教育する上でも、素直だと思う*1

https://exyk.hatenadiary.com/entry/20150907/1441619567

*1:2024年5月の追記:ベストではないが、例えば査読のない国内学会での発表は、そうした場として機能していると思う。だからこそ弊研究室の学生には積極的に参加して貰っている。